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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)557号 判決

原告 株式会社蟻川商店

右代表者 蟻川真

右代理人弁護士 小川利明

被告 東京果物商業協同組合

右代表者 青木惣太郎

右代理人弁護士 佐藤末野

右復代理弁護士 飯野仁

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、森山文雄が昭和三十一年当時果物缶詰及びジヤムの小売業販売を営んでいたものであることは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第十六号証の一、証人森山文雄と同蟻川久子との各証言によつて成立を認めることのできる甲第五号証の三、四同号証の六及び同六号証の一ないし六並びに証人蟻川久子の証言によつて成立を認めることのできる同第七号証の一と証人森山文雄及び同蟻川久子の各証言を総合すると、森山文雄が昭和三十一年八月十五日から同年十一月十五日までの間原告から別表記載のとおり果物缶詰及びジヤムを買い受け(但し同年十月二十六日買受の黄桃ミキサーの数量は四打入四箱であり、又買受物件中苺シラツプ漬ミキサー、苺ミキサー及び黄桃ミキサーについてはいずれもその缶号数は不明である。)、原告がこの売買代金の内同年八月三十日までに売却した白桃缶詰四号缶四打入二十箱、同五号缶四打入七十箱及び苺シラツプ漬ミキサー五箱の代金について金四千九百二十円の値引をしたこと、原告が森山文雄からこの売買代金として金二十六万九千三百四十四円の入金を受けたのみで残金百七十三万五千九百八十八円の支払を受けていないこと並びに森山文雄が同年十月十日頃同人の前記営業のために原告から弁済期は昭和三十二年一月十日、利息は日歩金三銭と定めて金三十万円を借り受けたことが認められる。

二、被告が事業協同組合であつて「東京果物商業協同組合」という商号を有する商人であることは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証及び乙第一号証並びに証人小杉一の証言によると、被告が、東京都、神奈川県、千葉県及び埼玉県に店舗を有して果物販売業を営む業者を組合員とし、組合員の取扱品の仕入、販売、保管、運送及び検査、組合員の買掛代金の決済に関する事務、組合員の事業に関する調査、研究及び指導並びに組合員に対する事業資金の貸付等の事業を営むことを目的とする協同組合であることが認められ、この認定に反する証拠はない。

三、そして、森山文雄が被告から東京都千代田区神田山本町一番地にある店舗を借り受け、そこで昭和二十七年三月から果物缶詰、ジヤム等の小売販売業を始めたことは当事者間に争がなく、甲第四号証の五の存在並びに証人森山文雄と同蟻川久子との各証言によつて、成立を認めることのできる同号証の一ないし四、同第五号証の一、同号証の六及び証人森山文雄と同小杉一との各証言によつて成立を認めることのできる乙第十三号証と証人遠田喜作、同森山文雄及び同蟻川久子の各証言とによると、森山文雄が本件営業に当り、取引上の交渉や取引先に対する年賀及び電話開設の通知に際し、「東京果物商業協同組合東果食品部」という名前を刷り込んだ名刺とか葉書や封筒を用いていたことが認められる。

四、原告は更に、森山文雄が本件店舗に「東京果物商業協同組合東果食品部」という看板を下げて本件営業をしていたと主張するけれども、証人遠田喜作及び同蟻川久子の各証言のうち、森山文雄の店舗に「東京果物商業協同組合東果食品部」という看板が出ていたとの供述は信用し難く、ほかに森山文雄がその店舗に「東京果物商業協同組合東果食品部」という看板を下げて本件営業をしていた事実を認めることのできる証拠はなく、かえつて証人森山文雄、同北沢昭敏、同宮前政一及び同川勝喜一の各証言並びに甲第二号証によると森山文雄の店舗に「東京果物商業協同組合東果食品部」という看板の出されたことが全然なかつたことが認められる。次に原告は、森山文雄が被告において本件店舗に備え付けた「東果食品部」という看板を引き続いて使用して本件営業をしていたものであると主張し、森山文雄の店舗に「東果食品部」という看板が掲げられてあつたことは被告の認めるところであるが、この看板が被告において備え付けた看板であることを認めることのできる証拠はなく、かえつて、証人森山文雄と同川勝喜一との各証言によつて成立を認めることのできる乙第十八号証並びに証人森山文雄及び同川勝喜一の各証言によるとこの看板が森山文雄において自ら設置した看板であることが認められる。

五、さて、原告は、被告が昭和二十七年一月頃被告自身の手で主として被告の組合員を相手に果物缶詰、ジヤム等の販売をしようという計画を立て、その店舗にあてる目的で訴外東京都から本件店舗を借り受け開店の準備を進めていたところ、果物缶詰等の仕入について適任者がいなかつたので以上の計画を変更して森山文雄に本件店舗を貸与し、同人をして本件店舗において果物缶詰、ジヤム等の小売販売業を営ませることにしたのであるから、被告が森山文雄において前記のとおり本件営業に当つて「東京果物商業協同組合東果食品部」という名前を使用していることを知つていながら同人においてこの名前を使用して本件営業をすることを許容していたものにほかならないと主張するけれども、被告が森山文雄に対して店舗を貸与する前にその店舗で缶詰等の販売を被告自身の手でやつて見たいという企をもつていたこと及び当時被告がこの企について適任者を見つけることができなかつたのでその実現をあきらめ森山文雄に対してこの店舗を貸与したことは証人森山文雄及び同小杉一の各証言によつて明らかであり、この認定に反する証拠はないが、更にその后被告が森山文雄に対して本件営業につき監督を加える等その営業に干渉していた旨の乙第十四号証の記載並びに証人遠田喜作、同宮沢道徳及び同蟻川久子の各証言は信用できないし、ほかに被告が森山文雄に対して本件営業につき監督を加え、同人において前記のとおり本件営業に当つて「東京果物商業協同組合東果食品部」という名前を使用していることを知つていたという事実を認めることのできる証拠はなく、かえつて乙第十三号証及び成立に争のない同第十五号証の一並びに証人森山文雄、同北沢照敏及び同小杉一の各証言によると被告と森山文雄との関係がただ店舗の貸主と借主との関係だけにとどまり、それ以外に被告において森山文雄に対してその営業に監督又は干渉を加えたことが全然なかつたこと及び被告が森山文雄において前記のとおり本件営業に当つて「東京果物商業協同組合東果食品部」という名前を使用していることを全然知らなかつたことが認められる。

六、なお、原告は、被告が森山文雄において本件営業に当つて「東京果物商業協同組合東果食品部」という名前を使用していることを知つていたはずであると主張し、その根拠をして本件店舗に「東京果物商業協同組合東果食品部」という看板が出されており、この店舗が被告の事務所の附近にあること並びに被告が森山文雄から「東京果物商業協同組合東果食品部」という名前を刷り込んだ年賀状及び電話開設案内状を受け取つていたことを挙げる。しかし、以上の事実のうち森山文雄の店舗が被告の事務所の附近にあることは被告の認めるところであるが、森山文雄の店舗に「東京果物商業協同組合東果食品部」という看板の出されたことが全然なかつたことは既に認定したとおりであるし、又森山文雄が被告の役員に対して「東京果物商業協同組合東果食品部」という名前を刷り込んだ年賀状を出したという証人森山文雄の証言は信用できないし、ほかに被告が森山文雄「東京果物商業協同組合東果食品部」という名前を刷り込んだ年賀状及び電話開設案内状を受け取つていた事実を認めることのできる証拠はないから、原告のこの主張は失当というのほかはない。

七、そうすると原告の本訴請求原因のうち、被告が森山文雄において本件営業に当つて「東京果物商業協同組合東果食品部」という名前を使用していることを知つていながら、同人においてこの名前を使用して本件営業をすることについて全然異議を唱えずこれを黙許していたことを根拠とする主張は失当といわなければならない。

八、次に原告は被告が森山文雄において本件営業に当り本件店舗に「東果食品部」という看板を出し買掛代金等の支払のときにも「東果食品部」という肩書を用いて手形の振出ないし引受をする等「東果食品部」という名前を使用していることを知りながら、同人においてこの名前も使用して本件営業をすることについて全然異議を唱えずこれを黙許していたと主張し、この事実のうち、被告が森山文雄において本件営業に当り買掛代金等の支払のときに「東果食品部」という肩書を用いて手形の振出ないし引受をしていることを知つていたことについては、かようなことを被告が知つていたと認めることのできる証拠はないが、その余の事実は被告の認めるところである。しかして、この「東果食品部」という名前が一般の第三者から見ると「東果」という略称で表わされる企業体の一営業部門としてその企業体の事業の一部である食品の仕入等を取り扱つている部門をいうものであると考えられることは原告の主張するとおりであるけれども、「東果」という略称が一般の第三者から見ると被告の「東京果物商業協同組合」という商号の略称であると考えられるものであつて、かような考えがごく自然に出てくるものであるという原告の主張はにわかにこれに賛成することができない。すなわち、被告の事務所の附近に「東果卸売組合」という商号の商店があり、これが被告と関係の全然ない商店であることは当事者間に争がなく、又甲第二号証、乙第二十号証の一、二及び成立に争いのない同第二十一号証並びに証人宮前政一の証言によると、被告の事務所の附近に「株式会社東果」(以前は「有限会社東果」)という商号の商店があり、この商店が被告と関係の全然ないものであり、且つ「株式会社東果」(以前は「有限会社東果」)という看板を掲げて営業していることが明らかであつて、この認定に反する証拠はないから、「東果食品部」という言葉だけでは「東果卸売組合」の食品部ないし「株式会社東果」の食品部又は被告の食品部のいずれを意味するものであるかは明白でなく、ほかに、被告が自ら「東果」という略称を使用しているとか又は他人からしばしば「東果」という略称で呼ばれたことがあるとかいう特別の事情のない限り、一般の第三者から見ると、「東果」という略称が被告の「東京果物商業協同組合」という商号の略称であるという考は出て来ないのであつて、ただ森山文雄から「東京果物商業協同組合東果食品部」という肩書の入つた名刺とか葉書や封筒を受け取つたものだけが「東果食品部」は被告の一営業部門を指示するものであると考えていたに過ぎないというべきである。しかも、被告が被告自身において「果協」という略称を使用し又日刊青果時報、日刊日本市場新聞、日刊食料新聞等の業界紙等においても被告を「果協」という略称で言いあらわしていること及び被告が自ら「東果」という略称を使用したことはなく、及他人から「東果」という略称で呼ばれたことの全然ないことは証人北沢照敏の証言によつて成立を認めることのできる乙第十一号証及び成立に争のない同第十二号証の一ないし五並びに証人小杉一の証言によつて明白である。

九、そうすると、被告が森山文雄において「東果食品部」という名前を使用して本件営業をし、且つその店舗に「東果食品部」という看板を出していることを知りながら、これに異議を全然唱えず黙認していても、かかる黙認は、森山文雄を被告の代理人とする旨を一般の第三者に対して通知することにもならないし、又被告の商号ないしこれに類似の商号を使用して営業することを許諾することにもならないというべきである。

十、以上の理由により、本件取引について被告が民法第百九条又は商法第二十三条に基く責任があることを理由とする原告の本訴請求はその余の点について判断を加えるまでもなく失当といわなければならないから、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山本卓)

〈以下省略〉

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